府中家具の歴史

府中家具の生いたち 江戸時代の箪笥

府中において箪笥づくりがはじまったのは、「宝永年間に備後国有磨村の内山円三が大坂で箪笥の製法を修得し、帰郷後製作に着手したのが始まりで、そのころ広谷村鵜飼に住んでいた指物師の内田多吉がこれを学び‥」と記されており、大坂で初めて衣裳箪笥が登場してから40~50年後のことである。

宝永元年を西暦に直すと1704年で、今からおよそ300年前にあたり、宝永の直前は江戸文化が爛熟した元禄時代である。2年前の元禄15年 (1702年) には忠臣蔵でご存じのように赤穂浪士が吉良上野介邸を襲って、主君浅野内匠頭の仇を討つ事件が発生している。

しかし、その頃は箪笥に対する需要そのものが少なく、しかも府中の近隣に大きな消費地があるわけでもなく、江戸時代から府中で箪笥が造り続けられていたものの、当時はまだ産地と言えるような状態ではなかった。ただ、長持や建具など各種の木工製品が府中で盛んに造られていたことは確かで、板や角材を巧みに指し合わせる優れた指物の技術が連綿と受け継がれ、今日の府中家具の礎となった。

明治時代の箪笥造り

明治の頃には、多くの農家で農閑期の副業として箪笥や長持のほかに、生活に必要な各種の木製品がつくられていた。しかし箪笥のように大きくて重いものを遠方まで出荷するのは困難で市場は限られ、もっぱら近郷近在からの注文が主であったようである。

資料によると、明治の初め頃に鵜飼に住んでいた赤毛喜平(あかもきへい) 氏は、造った箪笥を自分で木負子に背負ってはるばる尾道方面へ売りに歩いたと書かれている。後年になると大八車などに積んで運搬するようになった。大八車は、木でできた車輪に鉄の輪をはめた荷車のことで、代八車とも書き8人の代わりをする車という意味である。こうした大八車も箪笥の職人達が兼業で造っていたらしく、木で頑丈な丸い車輪を造るにはかなりの技術を要したようであるが、府中の鵜飼地区で造られた大八車は丈夫で長もちすることが評判となり、当時「鵜飼の車と宇津戸の唐箕」という言葉が流行ったくらいである。ちなみに、唐箕は籾殻などを選別する農具のことで甲山町の宇津戸が有名であった。

備後府中は、山陰の石見銀山から山陽へ通じる石州街道筋に位置し、古くから物流の要衝であったことから、当時は府中市村 (ふちゅういちむら) と呼ばれ市場町として栄えていた。中国山地から伐り出された豊富な木材は、芦田川を筏に組んで流したり、この街道を通って福山方面へと運搬されていた。その中継点に位置する府中は木材の集散地であり、容易に材料が入手できたのでこの地で古くから木工業が栄えた要因の一つである。

また、瀬戸内の温暖な気候や適度な雨量が木材を自然乾燥させるのに適し、仕上がった製品がひずみや狂いの少ない良質のものが出来ることが評判となり、産地が形成していったものと思われる。箪笥の他にも色々な木工業が盛んであった当地では、製材品の需要が多く、比較的早くから動力化が進み、初期の頃には芦田川と出口川が合流する「剣先」という所に、大きな水車を動力源とした製材機が設置され活発に製材が行われていた。松永下駄の開祖として知られる丸山茂助氏は、明治30年頃に府中の木挽き業者が水車を利用して大規模な製材を行っているのを視察して大いに啓発され、後年、蒸気機関による製材を始めたと記している。

大正時代の箪笥生産

大正3年に府中~福山間に両備軽便鉄道 (現JR福塩線) が開通すると、貨車やあるいは船便に積替えて遠方まで箪笥が出荷されるようになった。同時に、遠隔地から大量の木材が入荷するようになり、箪笥に用いた材料の種類はこれ以降急激に増えている。

また、同年には第一次世界大戦が勃発しており、日本経済は軍需景気により大いに潤い、貧しかった日本国は未曾有の好景気に沸いた。「成り金」という新語が生まれたのもこの頃である。箪笥の需要もこの頃を境に急激に伸びており、府中町、広谷村、岩谷村における箪笥生産量の推移をみても大正元年に10、178棹であったものが大正7年には32、973棹と、わずか6年間で3倍に増大している。当時はこれらの地城以外でも箪笥生産が行われており、現在の府中市全体を合わせるとかなりの量が生産されていたことになる。

大正4年の山陽新報 (現在の山陽新聞) に府中町と広谷村での箪笥生産の概要を報じた記事があり、それによると府中町は古来より箪笥が名産として聞こえ、遠くは九州、満州、韓国にまで出荷していたことが伺える。一方、広谷村は箪笥の生産額が年々増加し、ますます発展することが期待されている。事実、広谷村の鵜飼では大正の中頃から昭和の初めにかけて箪笥職人の数が急増しており、現在のJR鵜飼駅から北へのびる細い道筋二百メートルの間に百数十軒もの箪笥職が軒を連ね、朝早くから夜更けまで鑿や鉋を使う音が絶えなかったと云う。

「協同組合府中インターハウジング」を設立

協同組合府中インターハウジングは、住宅内装工事のほかにも大断面積層材 (LVL) を用いた大規模木造施設の骨組み工事の請負や木製サッシを新規開発するなど、更なる飛躍を目指して活発な事業展開を繰り広げていった。

総合インテリア産地としての活動

総合インテリア産地に移行する府中家具は、付加価値の高いデザイナー家具の開発や海外進出、内装分野への継続的な参入、家具再生事業など、様々な活動を続けている。

【参考文献】

  • 「飛躍 府中家具25年の歩みと未来への展望」 昭和50年 府中家具工業協同組合発行
  • 「箪笥」小泉和子著 昭和57年 (財)法政大学出版局発行
  • 「府中タンスを語る」 杉原茂著 平成3年 府中商工会議所発行けいざい情報への連載
  • 「広島県の諸職」平成6年 広島県教育委員会発行
  • 「府中家具工業協同組合 創立50周年記念誌」 平成12年 府中家具工業協同組合発行